蘇州夜曲

その後14歳のとき北京に一般教養と中国語を身につけるため
留学することになります。

父はかねてから彼女を政治家の秘書への道を考えており、政
治家であった潘毓桂氏(後に天津特別区市長を務めます)のも
とへ預けたのです。

北京では潘淑華と名乗り、潘毓桂氏の家族に一員として生活し
ました。

このころ盧溝橋事件が起こり日中の衝突が激化。北京での彼
女の生活を心配して父のところに出入りしていた山家亨氏が度々
訪ねてきます。

父の依頼で様子を見に来ていたのです。しかし後に山家亨氏に
よって彼女は満州映画協会に紹介されます。

彼の存在が李香蘭としての人生に大きな役割を持つことになり
ます。

1938年に満州国の国策映画会社である満州映画協会から『蜜
月快車』で女優「李香蘭」がデビューしました。

本人はアフレコだけと思い請けた仕事が実は主演だったのです
が。翌1939年、東宝製作の日本映画『白蘭の歌』に出演。

彼女にとっては5本目の映画です。その翌年、大陸三部作とな
る『支那の夜』『熱砂の誓い』が製作されます。

この三部作では日本の二枚目大スターであった長谷川一夫と
競演しました。

映画の中で彼女が歌った歌とともに大ヒットしました。ほとんどの
主題歌を映画の中で李香蘭が歌っていますが、レコードは他の
歌手がレコーディングすることが多くあります。

たとえば『支那の夜』の主題歌は3曲あり映画では李香蘭が歌
います。

この3曲「支那の夜」「想兄譜」「蘇州夜曲」ですが、レコードでは
すべて渡辺はま子さんが歌っています。

ちなみに「蘇州夜曲」は1999年、サントリーウーロン茶のコマー
シャルに使われ奥居香さんが歌いました。

「蘇州夜曲」はいつ聴いてもいい曲です。